復興に向けて~絆ベンチがつなぐもの~

  1月11日は大震災から10ヶ月目。テレビで黙とうを捧げている場面が次々と映りだされていました。実は私も昨年、「東日本大震災復興支援プロジェクトおおむた」の派遣員として宮城県の南三陸の復興支援にいってまいりましたが、ブログに掲載していいものか迷い、今日まで皆さんにお伝えするきっかけがありませんでした。派遣員として現地入りしたのはちょうど大震災から百日目でした。
 今回は18日間、プロジェクト活動の拠点となっていた石巻から南三陸に通いつめ、そこでの活動を地元紙の有明新報に掲載させていただきましたのでその掲載文をそのまま、皆さんにお伝えしたいと思います。
   絆ベンチプロジェクトをめぐる人たちとの出会い

派遣第6陣 社会福祉法人それいゆ  


 


 プロジェクトの支援は被災地域のコミュニティー再生にむけ「塩害杉を活用したベンチ・テーブル作製(以下絆ベンチ)」に絞られてきた。具体的には①ベンチ作りの動向②モデル仮設住宅地区の下地作り③今後の活用と展開を探る。であり私は①②を中心に南三陸町歌津地区(人口5144人、世帯数1441201121日)で18日間活動してきた。 


 何故歌津なのか?歌津地区には以前から地区住民で「すばらしい歌津をつくる協議会」が結成されるほど、まとまりのある地域だったからだ、と思う。絆ベンチ活用を探るモデル地区である歌津で住民と絡み、絡まれながら、下地作りと絆ベンチの試作品製作にドップリ浸かってきた。下地作りとは歌津を拠点に「大牟田」のこと、「絆ベンチ」のことを知ってもらうこととだと自分なりに確信し行動してきた。ある避難所ではスイカにむしゃぶり、別の所では弁当をめぐんでもらい、ある時は水とおにぎりを頂戴し、炊出しの焼きソバで腹を満たす中、住民から「大牟田?」と聞かれると、絆ベンチの目的や塩害杉のことを雄弁に熱く熱く語ってきた、と思う。


車で1時間かけて歌津に着き、建設中も含め16箇所(639戸)の仮設住宅を見て回った。歌津に日参する中で絆ベンチのモデル設置地区は地域住民の意向で「吉野沢仮設住宅(84戸:64世帯)」に決まった。ここの核になる畠山鉄雄さん(64)は、「ここには集会室がない。色んな地区から集まったから、ベンチがきたら、みんなで何か作ってワイワイやって仲良く食べるんだッペ」と見ている先は復興へと続く。絆ベンチは被災地域の人たちを繋げ、ベンチを介して別の地域に繋がっていく。商品化という壮大なミッションが実現したら全国に繋がり、新たな雇用に繋がるかもしれない。「地域の杉で、地域の人の手で、地域のために」を出発点に始まった復興支援は今まさに第一歩を踏み出したばかりだ。

 
遠くに海の塩をかぶった塩害杉が・・・すでに茶色に枯れ始めている。
 
 絆ベンチは安部製材所の阿部さんと歌津木工所の高橋さんのご苦労で完成。7月15に吉野沢地区の仮設住宅の一角に設置されました。これから、絆ベンチは仮設住宅に暮らす住民同士の憩いの場になっていくことでしょう。絆ベンチは23年11月17日現在、17地区の仮設住宅に合計45台が寄贈され、12月には大牟田市にも搬入され、我が法人でも3台分購入しました。
  
左)吉野沢仮設住宅に納入された絆ベンチは復興茶論で活用されます。復興茶論の文字は「すばらしい歌津を作る協議会」の小野寺寛会長の手によるもの
右)寄贈式典での記念写真。中央の首にタオルをかけた男性が畠山鉄雄さんで左から3番目が小野寺寛さんです。